大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

山口地方裁判所 昭和28年(行)15号 判決

原告 藤本昇一

被告 山口県知事

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は「別紙目録記載の農地につき被告が原告に対して昭和二十五年五月十五日付買収令書をもつて為したる買収処分の無効なることを確認する。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、その請求原因として

一、別紙目録記載の田地(以下本件田地と称する)は原告の所有であるが、訴外山口県厚狭郡旧厚東村(行政区劃変更により現在宇部市の一部となつている)農地委員会(以下村農委と称する)は、本件田地につき昭和二十三年十月十四日、旧自作農創設特別措置法(以下旧自創法と称する)第六条の二、第三条に基いて昭和二十年十一月二十三日(以下基準日と称する)を基準として農地買収計画を樹立し、被告は之に基いて原告に対し昭和二十五年五月十五日付買収令書をもつて本件田地を買収処分に付し、その頃右買収令書は原告に交付された。

二、しかしながら、右買収処分には次のような重大且明白な瑕疵があるから当然無効である。

(一)  小作地でないものを小作地と誤認或は虚構して買収した。

即ち、原告は自己の所有に係る本件田地を昭和十年頃から訴外西村勲に小作させていたところ、昭和二十年十月十七日双方合意の上これが小作契約を解除したから基準日当時は小作地ではなかつたのである。たゞ右小作契約を解除した際小作地の返還時期は同年の稲作終了後と約したのであるが、右西村は稲作終了後麦の植付等をしてしまつたので、原告は更に昭和二十二年六月迄これが返還時期を延ばし(その間の小作料は無償とした)たまでの事で同年同月には小作地の返還を受けている。従つて本件田地は基準日当時小作地ではなかつたのを村農委が小作地と誤認し或は虚構して買収計画を樹立したのは違法である。

(二)  原告の全小作地の面積は法定の保有限度を超過していないのにこれが超過するものとして買収した。

旧厚東村における地主の法定保有小作面積は八反歩であるところ、原告が基準日当時において所有する全小作地面積は本件田地を含めても七反五畝二十八歩弱に過ぎなかつたから、村農委が本件田地について買収計画を樹立したのは違法である。

(三)  信義に反する遡及買収に基いて買収した。

原告は小作人西村から昭和二十年十月十七日適法に本件田地の返還を受けて以来、自己において耕作すべく昭和二十一年十一月より昭和二十二年四月迄の間多額の経費と労力を費してあんきよ排水工事を施し耕作を続けていたところ、右西村は昭和二十二年十月二十三日頃原告のしかけた稲架を田の外に抛り投げる等暴力をもつて不法に本件田地を強奪した上、遡及買収の請求をしたものであるから右の遡及買収の請求は信義に反するものである。それにも拘らず村農委が遡及買収計画を樹立したのは(旧自創法第六条の二第二項第二号によつて)違法である。

右叙上の違法な買収計画に基いて被告がした本件田地買収処分には違法の瑕疵があり、しかも重大且つ明白な瑕疵があるから当然無効である。

(四)  本件の遡及買収は職権濫用によるものである。

即ち、原告は西村から適法に本件小作地の返還を受けて耕作していたところ、右西村は訴外円生寺から本件田地に隣接している五田ケ瀬二五一五番地田七畝十六歩の返還を求められるや、湿田で収穫の少ない右円生寺の右小作地を返してむしろ本件田地を原告から取戻さんことを企図するに到り、これと気脈を通じた村農地委員会委員長某同書記某等(何れも当時左傾していた)が右小作人西村の右要求を貫徹させんがため右西村を教唆煽動して遡及買収の請求をさせ、遡及買収という異常手段を悪用して買収計画を樹立したのであつて、これに対して為した原告の異議及び訴願の申立に対しても村農委等はその証拠書類等を破棄して不当に却下の決定、裁決をなした上、被告は右計画に基いて本件田地の買収を敢行したものである。このように職権を濫用して為した買収処分は重大且明白な瑕疵あるものとして当然無効である。

以上何れの事由によるも本件買収処分は当然無効であるから原告は被告に対しその無効確認を求めるため本訴に及んだとのべ、

被告の答弁に対して

一、基準日当時の法律によれば小作地の引上げについては単に村農地委員会に届出ればよいので知事の許可を得る必要はなかつたものであり、原告は昭和二十年十月十七日の解約届を翌十八日村農委に提出している。

二、辻正七の耕作にかかる田地については原告の妻が病気のときに単に耕作の手伝いをしてもらつただけで小作させたものではない。

と陳述した。

被告指定代理人等は主文同旨の判決を求め、答弁として

一、本件田地が原告所有のものであつたこと、村農委が原告主張のような経緯のもとに農地買収計画を樹立し、之に基いて被告が原告主張のような買収処分をなし、原告にその買収令書の交付をしたことは認める。

二、(一)の主張については、訴外西村が本件田地を昭和十年頃から小作してきたことは認めるが、その余は否認する。原告は昭和二十二年麦収穫後、小作人に対し現物小作料を要求し、小作人が之に応じなかつたことを理由として本件田地を引上げたもので農地調整法第九条に規定する知事の許可を得なかつたものでこの引上げは不当且つ違法である。従つて基準日当時本件田地は明白なる小作地であつたもので基準日現在の事実に基いてした本件買収処分は適法であり何らの瑕疵もない。仮りに小作地でなかつたとしても耕作関係が明白且つ顕著に小作地でないとは認められなかつたから、この程度の瑕疵では本件買収処分を無効ならしめるものではない。

(二)の主張については旧厚東村における地主の法定保有小作地面積は八反歩であつたことは認めるが、その余は否認する。原告は基準日当時その所有する全小作地面積は七反五畝二十八歩弱であつた旨主張するが、右の訴外辻正七の耕作していた旧厚東村大字吉見字外惣堂二六六〇番地田一反四畝二十七歩以下六筆の合計四反三畝十一歩の田地は訴外辻正七が小作していたものであるから、基準日当時の原告所有の全小作面積は総計一町一反九畝九歩であり被告が本件田地を買収したのは適法である。

一歩譲つて本件田地の買収により原告の小作地が八反歩以下に減少することになりこの買収が違法だとしても、辻正七の耕作にかかる田地が明白且顕著に小作地でないとは判断できない程度であつたから、本件買収処分を当然無効ならしめる程の重大な瑕疵とはならない。

(三)につき、旧自創法第六条の二第二項第二号の西村の遡及買収の請求が信義に反しないと云う認定をして買収したものである。その余の原告主張の事実は否認する。

(四)につき、原告の異議及び訴願の申立のあつたことならびにそれらに対して却下及び否決していることは認める。

と陳述した。

(立証省略)

理由

村農委が原告主張のとおり原告所有の本件田地につき買収計画を樹立し、被告がそれに基いて買収処分をなしたことは当事者間に争いがない。

そこで順次無効原因について判断する。

(一)  小作地でないものを買収したという違法の主張について

原告がその所有にかかる本件田地を昭和十年頃から昭和二十年十月迄訴外西村勲に小作させていたことは当事者間に争いがない。成立に争いのない甲第十三号証の記載と原告本人訊問の結果を綜合すると、昭和二十年十月十七日原告と右小作人西村との間に、本件田地についての小作契約を解除して右小作地を返還するという合意が成立したこと。右西村はその後本件小作地を原告に返還することなく引続き耕作していたこと。そこで昭和二十一年六月十五日当時の農地委員であつた森尾豊介、浦上留一等が両者の仲に入つて斡旋調停の労をとり、その結果本件(小作)田地返還の時期が改めて昭和二十二年六月二十日と定められたこと。が夫々認められる。原告は昭和二十年十月十七日の話し合いで小作地の返還時期は同年の稲作終了時と定められたと主張するが之を認めるに足る証拠はない。そうすると基準日以前である昭和二十年十月十七日地主と小作人との間に小作契約を解除して小作地を返還すると云う合意が一応成立したとは云え、返還の時期もはつきり定めず、その後小作人が引続き一年八ケ月にもわたつてそのまゝ耕作を続け昭和二十二年六月に至つて始めて地主に返還されたこと(当事者間に争いがない)、とを考え合せるときは本件田地は基準日当時なお旧自創法第二条の所謂小作地の状態にあつたと認めるを相当とする。

従つて村農委が本件田地を小作地として買収計画を樹立し、それに基いて被告の為した本件買収には何らの違法がないから(一)の主張は理由がない。

(二)  法定の保有小作面積を割つて買収したという違法の主張について

旧厚東村における地主の法定保有小作地面積は八反歩であることは当事者間に争いがない。被告は基準日当時原告の所有する全小作地は一町一反九畝九歩であり保有限度を超過していた旨主張するに対し、原告は被告の主張する右小作面積の内、訴外辻正七に関係する四反三畝十一歩については原告の妻が病気の際右辻正七より単に耕作の手伝いを受けたにすぎないから小作地ではなく、従つて基準日当時原告の所有する全小作面積は合計七反五畝二十八歩弱にすぎなかつた旨抗争するので、右辻正七関係の四反三畝十一歩が基準日当時小作地であつたかどうかを審究する。

第三者の作成したものであるから真正に成立したと認める甲第八、第九及び第十号証の各記載ならびに証人辻正七の証言(後記措信しない一部を除く)を綜合すると、右辻は、終戦頃迄右田地を小作していた朝鮮人河本昇が昭和二十年十月頃帰鮮するに際し、右四反三畝十一歩の田地の毛上を同人から買受け、地主である原告に対して加調米及び供出米の納入をなすべき旨約したこと。原告方におけるたゞ一人の農耕従事者である原告の妻が病気のため農耕に従事し得なくなつたので昭和二十一年一月三十日、辻は原告に対して原告の妻の病気が快ゆするまで右田地を辻において耕作する約束をなし、その後引き続き昭和二十五年頃迄右田地の耕作に従事していたことが認められる。右辻の証言中「現金や米を手助け料として原告から受け取り単に耕作の手伝いをしただけである」との証言は前記認定に照したやすく措信し得ない。右のような事情にある右田地が基準日当時果して小作地と認むべきかどうかを案ずるに、単に成熟した稲毛を収穫する目的のためにのみ田を使用するだけでは旧自創法第二条に所謂小作地とは認められないところ、本件においては前記認定のとおり、訴外辻は昭和二十年十月頃訴外河本から右田地の稲毛のみを買受け、その収穫のため右田地を使用したものであり、更に前顕甲第八号証によれば辻において右田地の耕作をなさんとするときは改めて小作契約をなすべき旨定められていたこと。そして右約旨に基いて耕作契約が締結されたのは昭和二十一年一月三十日であつたことがそれぞれ認められるので、基準日当時本件田地は右辻によりたゞ単に稲毛を取入れる為にのみ使用されていたにすぎなかつたものと考えられる。してみれば本件田地は旧自創法第二条の小作地とは認められない。従つて右田地を小作地として計算し、その結果原告所有の全小作面積が法定の保有限度を超えるものとして本件買収処分を敢行したのは違法である。しかしながら前認定のとおり右辻は右田地につき昭和二十年秋稲作の取入れをなし、それに引続いて翌昭和二十一年から昭和二十五年迄耕作の業務に従事していたものであり、外観上辻が右田地の小作をしていたのと全く変らない事情にあつたことが認められるから、右田地を小作地と認定して原告所有の全小作面積を算出したとしても右の瑕疵は重大且つ明白な瑕疵とは認められない。従つて無効確認を求める本訴請求においては結局(二)の主張を認めて請求を認容することはできない。

(三)  信義に反する遡及買収の請求に基いてした違法の買収であるという主張について

証人西村ひふみの証言及び原告本人訊問の結果によると、原告は小作人西村との小作契約の合意解除に基いて本件田地の返還を受けるに際し、予め未だ返還を受けない昭和二十一年頃右田地につきあんきよ排水工事を施した(たゞし右工事に何程の費用を要したかについては何らの立証がないので不明である)ことが認められる。そして昭和二十二年六月頃に到り右西村から右田地の返還を受け、爾来原告に於て右田地を耕作していたこと及び後になつて西村が本件田地につき遡及買収の請求をしたことは当事者間に争いがない。そこで右請求が果して信義に反する請求であるかどうかを案ずるに、地主が適法な手続により小作地の返還を受けるに当り、予めあんきよ排水工事を施し返還を受けた後地主において平穏に耕作しているものを、後になつて元小作人が遡及買収の請求をしたとしても必ずしも常に信義に反する請求とは認められないところ、本件においては右西村は十年にわたつて本件田地を平穏に小作してきたものであること(当事者間に争いがない)。原告方においては農耕に従事するものが僅に原告の妻一人でありながら六反以上の反別を自作しており(証人辻正七の証言ならびに原告本人訊問の結果によつて認める)、しかもその上昭和二十年十月十七日西村に対して右小作地の返還を要求したものである(原告の自ら認めるところである)。以上の事実からみれば原告がその当時西村に対して右小作地の返還を求める必要があつたとは言い難く、それにも拘らず敢て西村に対してその返還を求めたものであり、一方西村に於ても右原告の要求を快諾して返還したとも考えられないから右の様な事情を考え合せるときは西村の遡及買収の請求が信義に反するものとは認められない。原告は昭和二十一年度西村に耕作させたのは離作料として無償であつた旨主張するがたやすく措信できない。従つてこれを前提として本件買収に違法ありとする主張は理由がない。原告は西村が本件田地を暴力をもつて奪還して遡及買収の請求をしたのは信義に反すると主張するが仮りに右のとおりであつたとしても暴力をもつて奪取した事実は遡及買収の請求に何らの影響を及ぼすものではないから主張自体理由がない。従つて(三)の主張も結局採用するわけにはゆかない。

(四)  権利を濫用して買収したという主張について

原告の全立証をもつてするも原告主張の事実を認めることができないから右の主張は理由がない。

以上各認定のとおり原告の本件買収処分の無効確認を求める本訴請求は何れも理由がないからこれを棄却することにし、訴訟費用の負担については民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決した。

(裁判官 河辺義一 藤田哲夫 高信雅人)

(目録省略)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例